平成十七年 霜月




■2005/11/01 火
 本当に霜でも降りていそうな、冷え込んだ朝。でも、昨日ほどではない。昼からは快晴になり、一時期ぐっと下がった雪のラインも、少し上へ押しやられた感じだ。ただ、しばらくぼけっとしている間に紅葉は進んだ。もう散り始めている桜もある。

 何て言うか、ここしばらく心にあったモヤモヤしたもの。後悔、というか自己嫌悪というか。とにかく、ため息混じりの気持ち。その気持ちを表さないようにして、何かずっと空回りしていたような気もする。無理に気持ちを底上げしていて、カクンと力が抜けて、コケたあとで立ち上がったところのような気がする今。
 もうしばらく経つのだけど、先月、父方の祖父が亡くなった。自分がそんな気持ちになっていたのは、そんな状況にありながら、自分はずっとここにいたからだ。理由や言い訳はいい。ただ、こうした突発的な出来事に対しては、ここは実際の距離以上に離れているのだと実感した。現地にいると、自分以上に周りの悲しみも見なければならないかわりに、気持ちにはある意味、実感というか、整理というものがつくだろう。でも今は何というか。自分の頭の中だけ、なのだ。

 こういう事。人の死に関わることを、こういう所に書いていいのかどうか。こういう所にはどこまで書いていいのか。当り障りの無い事だけ書いていればいいのか。そういうことは正直考えてしまう。でも、事実に触れずに書いても、読み返すと気持ちは文に現れていて、何が理由で悩んでいるのか判らないものになってしまっている。でなければ、全て隠してしまうしかないけれど、そうすると意味の判らない空白が続いてしまう。

 でも、そのどちらにするのも、今は違うような気がする。
 そして、自分はいつも、そうした出来事にある程度気持ちの整理がついてから書こうとする。けれど、それもまた、違うような気がするのだ。

 ああ。別にこれは無理をして書いているわけではない。大丈夫。
 さぁ。新しい月の始まり。


■2005/11/6 金
 窓の外は50メートルほど先の国道まで野原のような拓けた空間になっている。今はススキが生い茂り、風に穂を揺らしている。その方角がちょうど朝陽の方角になるので、朝のまだ陽が低い時、そのススキの穂が赤っぽく色付いた陽射しを受けて、ふんわりキラキラと輝いて揺れる。その色が本当に黄金色をしていて、見る度に綺麗だなぁ、と思う。

 夜中、日付が変わる頃のベランダへ出る。ススキの野原は闇に閉ざされて、そこからは虫の声が流れてくる。空を見ると立ち上がりかけのオリオン。その少し右手に紅い火星が見える。少し前の最接近の頃から曇天続きだったので、何だか久しぶりに見たような気がする。
 そんな事を思っている自分は、ベランダに積み上げてある冬タイヤの上に腰掛けている。4段積むと足をぷらぷらさせながら腰掛けるのに丁度よい高さになるのだ。
 もう11月だし大分前に雪虫も見たし山の上には雪もあるし、そろそろタイヤ交換かなぁ、と思う。でもストーブを炊いている訳でもなく、夜中のベランダにいる自分も腕まくりの格好だ。やっぱり北国とは違うのだと感じる。

 どうせ先読みはできないのだから、雪が降ってからにするか。


■2005/11/5 土
 買い物先の屋外の階段の上。ふと足元を見るとカマキリがいた。カマキリもこちらへ来てから初めて見た昆虫だ。今回見たのは2度目で、夏の旅行の時に佐多岬で捕まえたのが最初だった。その時のカマキリは鮮やかな緑色で、人差し指の上に乗るくらいの小さなものだった。けれど、今回見たカマキリはそれよりもかなり大きく、色も茶色っぽくなっていた。
 …と、思い出した。小学校の時にもカマキリを見た事があった。同じクラスの児童の誰かが、内地から送られてきたというカマキリの卵を学校に持ってきたのだ。季節は忘れたけれど、虫かごに入れて教室に置かれていたそれはほどなく孵化し、虫かごの網の目を抜け出したちっちゃなカマキリ達が教室に溢れた。確かあの時のカマキリはクリーム色だったと思う。
 逃げ出す度に虫かごに戻されながら、カマキリはその後共食いを繰り返し、やがて全滅した。最後の最強の一匹って、一体どのくらいになっていたのだろう。今思うと気になるのだけど、全く記憶に無い。

 今日のカマキリは自分の人差し指の長さより少し大きいくらい。恐らく今時期のカマキリが一番大きいのだろう。ちょっとイメージと違っていた。カマキリの成虫はもっと大きくて、ミズカマキリよりは相当大きいだろうから、手足伸ばしたら15〜20センチくらいあるんだろう、と思っていた。

 修正。


■2005/11/6 日
 アップロードが終わって接続を切ってから上の2日分の日付が間違っていることに気付いたのだけど、ダイヤルアップゆえに一度接続を切ると再接続が面倒なので、そのままにしていた。曜日はあっているけれど、日付が間違い。
 以前使っていたレンタル日記やMy Stuffののような日記フォームを使っているのなら、日付は自動で入力されるので間違いはない。でも、ここはテキストエディタを開いてポチポチと打っているものなので、こういう間違いもある。

 自分が以前にレンタル日記を使って書いていた頃、こうした文章の呼称といえば日記やテキストや雑文、だった。それが何年か前、大体はこの1年間くらいでブログ、と呼ばれるものが多くを占めるようになってきた。
 ただ、自分はもう数年、ウェブ上のそういった読み物の世界からは離れてしまっている。知識が2年前のまま停止してしまっており、何というか、ブログ、というものの定義がよく判らない。日記やエッセイといったジャンルに加えてブログ、という新ジャンルができたのか。それとも、日記的内容のブログ、エッセイ的内容のブログ、といった、公開の形式のことをいうのか。それはウェブログの略、と言われても、ちんぷんかんぷん。

 ただ、率直に言うと。
 ブログ、って略す必要ないよなぁ、と思う。


■2005/11/07 月
 季節の中で春と秋は、こちらも北海道も大きな差はないように思う。嬉しかったのはこちらでもちらほらと雪虫が舞っていることだ。ただ、先月末に雪虫を見てからもうすぐ2週間になるのだけど、さっぱり雪が降りてくる気配がない。今日は快晴で日中は正直暑くてたまらず、ワイシャツの腕をまくって活動していた。
 気温だけなら9月のようだ。けれど、そうして暑い暑い言っている脇を、雪虫がちろちろと飛んでゆく。富士山には雪が積もっている。でも夜になってもまだストーブの必要もなく生活できている。

 まぁいい。
 雨と霧がちな季節の頃には気付かなかったけれど、こうしてぱっと晴れる日が続くようになって気付いた。上空を結構飛行機が通る。そして、上空が冷え込んでいるのか、空を見上げると飛行機雲が、どちらかの方向に必ずといっていいほど伸びている。

 青空の中をゆく飛行機を見ると、その窓からどんな景色が見えているのか、思わず想像してしまう。歩いて登れるところまでは登った。一度、もっと高いところから富士山を見てみたいなぁ、と思う。


■2005/11/10 木
 近くで見ると先月書いたような富士山だが、遠く離れて見るとやはり青い。今日も快晴で、出先からそんな青い富士山を見ることができた。グラデーションがかかった青空を背景にそびえる、青空の青より少し濃いくらいの霞がかった青い富士山。その青い世界の中を過ぎってゆく白い飛行機雲。山頂の雪の白。視界に入る建物やらなんやらを除いて切り取れば、全く青と白だけの世界。

 水平線の向こうくらい遠くにある山だとか、夏に富士山頂で見た夜明け前の山並みだとか、遠くの山が時々青く見えるのはどうしてだろう。それは空や海が青く見えるのと同じ理由なのだろうか。それとも、その山と自分との間に青空があって、その青を透かして見るから、青く見えるのだろうか。



■2005/11/11 金
 「おっ、イチがならんだぞ!」 背後から声がした。
 回転椅子をくるっと回して振り返ると、事務所の自分の後ろの席にいる人が携帯電話を手にしてニヤニヤしていた。11月11日11時11分。液晶画面の時計を見ていたのだ。自分も含め、周りの数人も携帯電話を取り出し、「あ、本当だ」「あ、俺の時計もう過ぎてる」などと。
 
 夜、日本の教育を考える云々、という番組の中で特集されていたひとつのエピソードを見ていた。
 時代はずっと以前の話なのだけど、ある小学校のある6年生のクラスで年度当初から豚を飼い、1年間育て、自分達が育てたその豚を卒業に合わせて自分達で食べる、という教育を実践したある先生と児童達の話。
 結論からいうと、そういう前提で飼い始めた豚とはいえ、触れ合っているうちに愛情がわき、1年後、とても自分達で食べるなんてことはできなかった。そして、大きく育った豚をどうするか、議論を重ねた結果、豚はと蓄場に送られることになった、というもの。
 自分達で育てた豚を自分達で食べる。それができないだろうことは、その経過を見ているだけで判った。子供達は豚に名前を付けて、かわるがわる手渡しで餌を与え、豚に乗って遊んだりしていた。飼い始めから既に、豚はもう家畜ではなかったのだ。もし本気でそれをやろうと思うのなら、あのように飼ってはいけない。

 いや、いけない、ではない。飼い方としてはそれでいいのだ。
 情が移らないように、あくまでも家畜として飼うやり方もある。生き物なのだから、最後の最後までたっぷり愛情をかけて育てるやり方もある。どちらも自分は正しいと思う。こういう事について、自分はどのやり方が正しい、というような判断はしない。
 ただ、子供達は、例えそれが食べるために飼っているのだ、ということを解ってはいても、愛情をコントロールすることはできないだろう。だから、その豚に、家畜としてではなく、ペット。あるいは学級の一員のように接してしまう。
 それを殺すという決断は、酷だな、と思う。どうしても食と生との繋がりを教える目的でそういう教育をするのなら、他人が育てた豚でも十分だと思う。

 まぁ、自分ならいきなり豚からは始めない。
 自分が親で子供にそういう事を教える必要があるのなら、間違いなく魚を釣ることから始める。ただ、その時は「教える」なんて崇高なことは考えてないと思うが。

 そういえば自分は子供の頃、親父が獲ってきて紐でぶら下げて持ち帰った毛ガニが生きたまま茹でられるのを見てわんわんと泣き、茹で上がったカニには手を出さなかった、という事があった。何時だっただろう。幼稚園に入るよりも、ずっと前の話。


■2005/11/13 日
 My Stuffがもう放ったらかしで、どうしようかと思った。こちらに吸収されている感があるので、もう無くてもいいな、と思う。
 あのコーナーは元々、褐色に浸る時間を書いていた時に、ホームページのバナーにこっそりリンクしていた「雑記帖」から始まっている。今ここを見ている人…といっても他にいるのかどうか判らないのだけど、その人の中で、それを見たことのある人って、いるのだろうか。
 そういえばその「雑記帖」も、元々はホームページに最初に付けた掲示板を、運用を終えてからそのまま流用したものだった。褐色に浸る時間からはみ出したものを2、3行収めるのにちょうどよかった。それから色々と、現れたり消えたりを繰り返しながら今に至っている。

 それはさておき。My Stuffという名前自体は気に入っているので捨てがたい。My Stuffはもう終わりにして、この日記に「My Stuff」のタイトルを引き継ごうかな、と、今の所は考えている。

 まぁ、いずれ。


■2005/11/14 月
 今年もあと1ヶ月半か、という言葉を聞いて、はっとした日。
 でもまだ、秋だよなぁ。大抵は裏切られることのない雪虫予報も、こちらでは大外れ。初雪はいつになるのやら。

 年末年始のことを考える。これまで、大晦日か正月は、どちらか空けることはあっても、どちらかは毎年実家に顔を出していたと思う。でも、今回は年末年始もずっと帰らない、というちょっとした決意をしていた。
 ただ、叔父、祖父が亡くなったにも関わらず、自分はその折に礼を欠いている。それに、こちらに残っていたからといって、年末年始に特別何かある、というわけでもない。人出を避けながら、こちらのどこかの街の年越しを見て、日の出を見て、正月を見て、といったくらいしか思いつかない。

 どうしよう。


■2005/11/15 火
 夏に亡くなった叔父は坂本竜馬のファンだった。そして、家族での最後の旅が、今年の二月。行き先は四国、土佐だった。

 ベランダに出ると、まん丸にちょっと足りないくらいの月。外の空気もさすがに冷え込んできた。ふと、静かなことに気付く。今月の頭までは聞こえていたはずなのに、虫の声が聞こえなくなっている。先週も終盤は冷え込んだ日が多かったから、もう聞こえなくなってから相当経ったのだろうけれど、今日始めて気がついた。

 明日が満月かな。
 この満月がすぎたら、今年はあと、もう一回だけか。


■2005/11/16 水
 円な月に反射して、想いや言葉が遠くの人に届いたら素敵だなぁ、と思う。
 22時頃にはもうすっかり高く昇ってしまっていて、かなり身を乗り出さないと、ベランダから月は見えなかった。夜空は厚い雲が覆っているけれど、あちこちに裂け目があって、そこから月の光が射し込んでいる感じ。
 眼をひかれたのは富士山。いつもは満月の夜も影だけなのだけど、山頂に雪があるこの時期は、山頂の白い部分が月明かりに映えて、夜空にその部分だけが浮かんでいる。まるでおかしな形の雲みたいな、面白い景色。

 もう目前にまで迫っている初雪は、いつになるのだろう。明日かも知れないし、来週かも来月かも知れない。立ち止ると、季節に追い越されてしまいそうな。

 季節の変わり目。風邪など召されませんように。
 明日、いい月夜になりますように。
 おやすみなさい。


■2005/11/18 金
 北海道の銀行と提携している銀行の現金自動預払機で、給与振込口座の残高を確認したらすごいことになっていた。8ヶ月分、全く手付かずである。
 前に書いたかも知れないか、給与振込み口座をこちらの銀行に変更する手続きを忘れていたので、振込口座は北海道ローカル銀行のまま。で、どこでおろせばいいのやらわからないまま、そちらには手を付けずに郵便貯金を食い潰して生活していた。その郵便貯金だって馬鹿みたいに金額があるわけでもないけれど、今まで生活してきてまだ余裕がある。
 自分の生活費って一体どれくらいだろう? と、通帳を見て貯金をおろした額を合計してみる。すると42万円。引越し直後に手取りでもらった分を合わせると、60万円くらいになるだろうか。8ヶ月で割ると、月平均7万円ちょっと。これが自分の生活費か。結構かかるもんだ、とは思ったのだけど、こういう計算は就職してから恐らく初めてだと思うので、高いのか安いのかよくわからん。どうなのだろう。

 お金に関していうと、無駄遣いはしない方だと思う。が、あまり貯金するという意識もない。ケチではないが、ローンと借金は一度もしたことがない。クレジットカードでの支払いは感覚的に何だか苦手なので、現金以外での買い物はしたことがない。ギャンブル系統は親父の付き合いで、前の年末年始にパチンコへ行ったきり。宝くじも買ったことなし。よろしくないのは、自分のお金の収支を把握していないことか。年収はいくら、預貯金総額はいくら、と聞かれても「あれ、いくらなんだろう?」という感じだ。あと、目標を決めてお金を貯める、ということも、高校時代以来したことがない。

 つまり、出て行く方にも入ってくる方にも、お金にはあまりうるさくないのだ。これだけ持ってると誇ることなく、こんなに貧乏したと誇ることもなく。必要なだけあればいい。ただし、他人に悪い影響を与えないように、管理はちゃんとしないければならない。その程度の心得。

 そういえば。以前は財布の中の1円5円を支払いの時に出すのが面倒で、財布の中に溜まったらコーヒー豆の空き缶なんかに放り込んでいたのだけど、最近はレジでちゃんと端数を出すようになった。そのへんは進歩したと思う。


 今朝、初霜。


■2005/11/19 土
 この部屋の照明には、前の住人がそのまま置いていった蛍光灯を使っている。でも、裸電球や電球色のボール蛍光灯をぶら下げてずっと生活していたので、やはりこのリング型蛍光灯の中で生活するのは明るすぎるような気がしていた。とはいえ、ここの天井のコンセントは照明器具の取り付け専用になっていて、電球をぶら下げられるタイプではない。その辺りを無理やり改造するのもおっくうなので、結局そのまま生活していた。
 今日買い物に行ったら電球がふたつ点く電気スタンドがあった。ふと思い立ってそれを購入。机の上のボックスの上、天井に近い所に置いて点灯する。向きを変えられる電球を斜め上に向けると、一旦天井に当たった光が部屋に降りてくる。そうそう。この感じだ。

 褐色に浸る時間。

 この時間に想うこと、というのは、大分変わってしまっただろう、と思う。前はそれこそ徒然思考で、少し整理してやる必要があるくらい雑然としたものだった。まぁ、いまでもそうだといえばそうだ。ただ、ひとつだけは、確実に変わったと思う。

 考え、か。いや、違う。
 抱く、気持ち、なのかも知れないな。変わったものは


■2005/11/20 日
 こちらに来てからあちこち行ったけれど、大抵は自分ひとりで車を運転しているので、意外と沿道の景色は見ていない。乗り物の旅をしてみたいな、と思う。
 日常生活でも汽車やバスを使っていたのは学生時代までで、それ以降は車中心の生活。車窓から知らない街の景色が流れてゆくのを、ただただぼけっと見ていたい。
 誰かの助手席でもいいから、そうしていたいって。思うこともある。
 自分だけのあてのない旅も楽しいけれど、それはちょっと疲れるものでもあるから。


 昨日今日とストーブを焚いている。昨年まで使っていた反射式のストーブと90リットル入りの灯油タンクは、自分の後に入る人がそのまま使う、というので置いてきた。今使っているのは、それより小さな暖房面積8畳の灯油ファンヒーター。これは新しく購入したものではなく、高校生まで実家で暮らしていた時、二階の自分の部屋の暖房用に買ってもらったものだ。
 引越しの度に持ち歩いていたのだけど、札幌でこのストーブを使うことは無かったので、今年が4年ぶりの使用。札幌の前の部屋では、居住区の2階には置いてきたストーブ、普段人がいない1階にこのストーブを置いていた。そこでも使われるのは年に数回だったと思う。ちなみに、学生時代は部屋に備え付けのガスストーブを使っていた。
 もう10年以上になるのだから、このテのストーブにしては相当年季がはいっている。けれど、かえって使われなかったのが幸いなのか、問題なく動いている。ただ、煙突式ではないので、空気の入れ替えを怠ると空気が悪くなるのが面倒。カセット式の灯油タンクに、にぎにぎポンプでシュコシュコやるのも、結構手間ね。


■2005/11/21 月
 有給休暇があまっているので、水曜日にぽこっとある休日の間の平日を休みにして、水曜から日曜日まで休みにしようかと画策していた。実は一度そういう予定を出したのだけど、懸案が生じたので取り下げ。その後も長引いているので、あきらめた。残念。今月他に休暇を取るのも無理そうだ。

 となると、今年は有給休暇を二桁残すことになる。…まぁそんなに休みなしだった気もしないのだけど、多いな。1年目だからこんなものか。
 でも、年末年始もこの状態だと、まだ計画立てられなさそう。帰ろうかどうしようか、という以前に、もう予約的には無理になりそうな気がする。なるほど。予定が出てからでは遅いってことか。次からの参考にしよう。


■2005/11/22 火
 同じナンバー(地名)の車を見た!
 なんだかすごく嬉しい。何かいいことないかな。

 そうだ。子供の頃の話なのだけど、歩きながらでも車に乗りながらでも、「黄色いナンバーの車」を13台見たらいいことがある、という噂があって、親父が運転する車でどこか走っている時に、姉貴とずっと黄色いナンバーの車を探していたことがある。小学生の頃の話なので、その頃はまだ黄色いナンバーも少なかったのかも知れない。今なら13台なんてすぐだ。で、反対に、黒いナンバーの車はこれは1台でも見ると縁起が悪い。そこから派生して、ピンクのナンバーを見ると云々、というのもあった気がするけれど、忘れた。
 他にも、「何かこれを見るといいことがある」という話、または反対の話が、ぱっとは思い出せないのだけど、他にも色々あった気がする。

 夜に台所の排水口の「生ゴミ受け」を清掃しようとした。金網のそれを取り出して、溜まったいろいろなものをビニールにあけようとする。その時。何が入っていたのかは判らないけれど、親指の腹をざっくりと切った。そういえば、大分前にガラスのコーヒーポットを台所で割った。その破片かも知れない。
 そして、あちこちにポタポタと落ちた血痕を、先ほどまでずっと掃除していた。床に何も敷いておらず、フローリングのままだったので幸い。ただ、台所の傍においてあった洗濯もの籠の中のワイシャツに、血が垂れてしまった。

 寝床は汚さないように、携帯用の救急セットを出して、ガーゼとテーピングで親指全体をカバーする。
 そういえば、この救急セット。以前は釣り用に持ち歩いていて、富士山登山に備えて防水用のビニールに入れておいたのだけど、今は裸のまま。

 ビニールの無い救急セットと、ちょっとだけ使ったテーピング。
 こんな所に、夏の思い出があった。


■2005/11/23 水
 前に書いた富士山と飛行機雲。同じような位置で夕暮れを迎えたら、同じような構図でオレンジ色になっていた。
 姉貴から母の誕生日どうしようかメール。添付の写真に窓の外の景色。テレビでは札幌市内は積雪まだ、といっていたけれど、それなりに積もっているよう。こちらはなんて秋が長いんだろう。

 建物の日が当たる外壁に、テントウムシが沢山張り付いているのを、ここしばらくよく見かけていた。陽が傾いて、日当たり良好な面が角の向こうになってしまうと、そちらの壁に移動する。そして朝と夜では反対側の壁に移動する。そうして日中は暖を取りながら、やがて冬ごもりの場所を見つけて、そこに潜り込んでゆくのだろう。そういうえば、かつてのこの時期の宿敵カメムシも同じような行動を取っていた。
 そのテントウムシが、夜。天井のちょうど電球の明かりが当たっている辺りに、ぽつんと一匹はりついていた。黒地に紅い点ふたつのテントウムシ。それを手の上に落として、手をくるくる回しながらずっと這いまわらせて遊んでいた。高いところへ高いところへと這うテントウムシは、ツンと立てた指の先端までくると羽を広げる。それからブンとどこかへ飛んでいってしまう、のだけど、そのテントウムシは、羽だけ広げてポトリと落ちた。

 この部屋は暖かいけれど、この部屋にいても、テントウムシは冬を越せない。暖かいから活動する。けれど、餌がないからだ。春を待たずにカラカラになってしまう。テントウムシが冬を越すには、暖かくはない、けれど、コオリモしない、というような場所を見つけて、活動を停止して冬眠するしかない。
 外は寒くて、ここは暖かい。けれど、ここにいてはいけないんだよ。床でひっくり返ったテントウムシを指に捕まらせて、最初は玄関を開けようと思ったけれど、ふと思ってベランダへ出る。そして、外壁にとまらせる。先ほどまで活発に動き回っていたのに、冷めた壁よりは指の方がマシなのか、なかなか壁に移ろうとしなかった。

 ここは寒いけれど、ひと晩がんばれ。
 朝になれば、そこが一番温といはず。


■2005/11/24 木
 一日外で作業。ここより少し標高が高いところへ行ったので、朝は重ね着しなければ耐えられないほどの冷え込み。でも、徐々に陽が高くなってくると、こちらも動いているのでとたんに暑くなる。雪虫が結構飛んでいる。このあたりまで雪虫がいるなんて、実際に来てみるまで知らなかった。ただ、東京だとか埼玉だとか、そこら辺りの出身のひとは、この虫を知らない。直線距離なら、100Km圏内に首都圏全体が収まる位置なのだけど。
 夜に買い物に下りて、魚売り場を見ていた。店頭に並ぶ魚が結構めずらしい、という話は前に書いただろうか。太刀魚、イサキ、かます、といった魚はこちらにきて初めて見るもの。まるで水族館。ドンコ、という魚がこちらでは高級魚だ。むこうではこの魚、外道、雑魚の代名詞。食べられる魚、だという認識をこれまで持っていなかった。いい引きがきて、おおっ、アブラコ40センチクラスか!と思って取り込んだらこのドンコでがっかりして、ポイッと海に戻していたそのサイズが、1匹800円。ショックだ。

 北海道産だったのだけど、飴色の生きがよさそうなスルメイカを発見。閉店近い時間帯になっていたので、半額だ。魅力。2匹ひとパックを買って、生姜を買って、イカ刺しにして、残りで塩辛でも作ろうか、と思ったところで親指がズキン。頭を洗ったり皿を洗ったりするので、傷は開いたり閉じたり。今日の作業の後も、皮手袋を脱いだらまた出血していた。

 この指で、イカに塩をすり込むのはつらいなぁ、と思って断念。


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